小倉正志コラム 「画人日記」 2001
絵画家 / 小倉正志「画人日記」 (第1回-12回)


2001年 画人日記(第12回)   「 2002年がもうすぐやってくる 」

 12月31日11 : 40頃、毎年この国の国民の大半が螢の光を歌う歌手と共に新 しい年を迎えようとする。そして11 : 45になると、一瞬ひっそりとした山村の寺 の鐘の音がゴ〜ン、ゴ〜ンと響く風景が目に映る。付近にいるNHKのアナウンサー が今年の世相を振り返る。おそらく今年はあのテロ事件のことを語るだろう。もしか したらビンラディンも見つかっているかも知れない。私は来年も今年と同様の忙しさだろう。今年は1ヶ月に1回は東京へ出張に行くと いう状態だった。IT関係のビジネスだが、この業界のことで今年は大きな経験を積 むことが出来た。これは私にとってプラスになることが多かったと思う。
  日本は構造改革で今年以上に経済的に厳しい1年となるに違いない。小泉純一郎ブー ムがいつ下火になるのか楽しみである。国民の大半が将来に不安を持っているとい新 聞の調査報告も出ていた。自分がやりたいことを、情熱を傾けられるものを早く見つ けることが大切だ。これが発見できたときから挑戦が始まり、計画の必要性が意識さ れるのだ。私は今年東京で4月に初めての個展を行なったが、数年前からの計画を実 現し成功することができた。「継続は力なり」という言葉が私は好きだ。自分自身本当にそう信じている。現在 は新しい作品の構想の準備をしているが、いくつかのテーマをさらに進化させたもの を考えている。来年は今年以上に作品を生み出す年になるだろう。お正月は京都市内 のホテルに数日間宿泊し、小サイズの作品を制作することにしている。  みなさんにとって2002年が素晴らしい年になることを願っています。来年1月 下旬、ニュートロンの展覧会で作品を展示するのでよかったら観に来てください。  では、また。



2001年 画人日記(第11回)   「 今年の展覧会と本と映画 」

  残すところ10日ほど。今年開催された展覧会と本と映画の中から気に入ったもの を紹介したい。まずは展覧会から。京都駅前の伊勢丹の美術館であった『アメリカン・ タブロイドの世紀』。ポラロイドカメラによる写真を利用した展覧会が大変よかった 私は記憶にとどめておきたいと思ったら、必ず図録を買うことにしている。この展覧 会は、写真の面白さを最大限に生かした作品の秀作が集まり、見る側の好奇心を大い に掻き立ててくれた。本では、中山康樹監修の『カインド・オブ・ブルーの真実』。 マイルス・デイビスの代表作が完成するまでの背景や時代状況など、ジャズ全盛時代 の熱気が伝わってくる。この本を読めば『カインド・オブ・ブルー』が聴きたくなっ てくるし、そしてマイルスの凄さも再認識させられる。映画では東京の池袋で観た 『魔王』と先日渋谷で観た『光の雨』がよかった、どちらも人間が重く描かれている 映画で、戦争と革命が主題になっている。連合赤軍事件を描いた『光の雨』は当時の 視点と現在の視点の両方から描いており、その構成がよかった。映画終了後、あの時 代の若者と現在の若者との思考の違いを考えてみた。
  今年は年間で見た展覧会、観た映画、読んだ新刊本、それぞれ20点ほどになると 思う。毎年、自分がどんな作品と出会うかそれが楽しみである。その出会いが、私の 精神を刺激してくれることも期待している。最後に映画でもう一つ、それは『柳生一族の陰謀』。これは久しぶりに観た時代劇 の傑作であった。ビデオも買ってしまった。萬屋錦ノ介の名演と千葉真一の柳生十兵 衛がよかった



2001年 画人日記(第10回)   「 暮れが近づいてきた 」

  そろそろ今年も終わり。私もこの1年多忙でした。来年は韓国の釜山でグループ展 に出品することが決まっています。狂牛病の影響もあるけど、そんなこととは関係な く韓国でも焼肉を楽しみにしています。キムチも。
   今年は昨年に比べて私の制作点数は少なかったですが、年末に向かって現在、新作 を何点か制作中。アトリエでは冬場、石油ストーブの暖かさだけが頼り。今年の冬は、 電器カーペットを買おうかと思案しています。来年はこのコラムのページで新作を発 表することも検討していて、ぜひ新しい試みとしてやってみたいと思います。  
 今年は東京在住の人と友人になった。彼も私と同じ五木寛之ファンである。年末年 始は京都へ来るようなので、鍋物でも食べようかと思う。寺町三条の有名なすき焼き 屋「三島邸」のことですが、「三島邸は狂牛病のおかげでお客さんも少ないでっせ」 と私がよく行くカレー屋の店長が言っていました。もうすぐ宴会シーズン、もうみな さんの予定は決まりましたか?
 
ところで話は変わりますが、私が運営しているサイトで、マイルス・デイビス特集 をやっています。11月20日に、「日本でいちばんマイルスに近い男」と言われる 中山康樹氏へのインタビュー記事を掲載しますので、ぜひ好きな方はぜひアクセスし てください。。






2001年 画人日記(第9回)   「 「表現」について思うこと。 」

  「表現」について考えてみたいと思う。人間は自分の意思を主張し、コミュニケー ションによってその意思を相手に伝える。精神的に障害のある人たちはコミュニケー ションには限界があり、自分の意思を素直に伝えることは難しい。
  表現行為は、その人間の個人的な意思の手段であり、その表現行為によって、対象 とのコミュニケーションを生み出そうとするのだ。表現行為はその人間固有の心理情 景を訴えることでもある。だから素晴らしいし、人々は尊敬し、その作品や人間との 出会いを喜ぶのである。
 では、なぜ、表現をするのか。最近、私はこのことを深く追求するようになってき た。個人的な思いとしては、自分の才能を人に認めてもらいたい。単純に好きな作品 を作りたい。個人的な社会への主張をしたい。つまり、外からの、内からの心理的衝 動。これを集約するとこうなる、「生きている中で体験した、社会や人間とのコミュ ニケーションの記憶から喚起されたものの実在化」。これが発信源となり、自分に表 現行為を起こさせるのだと思うに至った。
 人間は人生の中で、様々な記憶を所有するが、こうした表現行為を実在化できるの は、記憶とは別に、「思考」するという能力を持っているということである。このこ とを私は大いに喜びたいし、感謝しなければならないと思う。
文化としての芸術の繁栄は、人間の素晴らしさを再認識することにもなる。多くの 人が芸術に親しみを感じ、大切にする。そんな社会はきっと幸福で豊かな社会なのだ。 私は大金持ちではないけれど、充分に今、幸福である。。





2001年 画人日記(第8回) 「グローバル時代の二人の日本人アーティスト 」

  20世紀末から、美術界に限らず「情報」がグローバル化し、ライフスタイルは急 速に 変化した。我々はいつも厖大な「情報」に困惑しながら生きているが、村上と奈良の 作品 はそうした情報のグローバル化の中で生まれた新しい世代の作品である。最近活躍す る他 のアーティストにも感じることだが、作品の「表現」を見る時、過去の美術の歴史は 意味 を持たない。村上と奈良の作品から感じるのは複雑化した現代社会の雰囲気である。
  戦後日本はアメリカ文化の強い影響により、日本特有の文化は生活から後退し、現 代の 世代には旧来の日本的な文化はレトロ的テイストとしてのみ関心を持たれる。だから、 精 神的な価値観を受け継ぐ意志はあまり感じられない。人間の体で言うなら、体質その もの が違うわけで、どうすることもできないのである。だから当然考え方も変化してくる ので あって、「古いものを大切にしないといけない」と言う道徳的な意味合いでの物言い はあ てはまらない。
 
以前は美術史を過去・現在・未来という縦の軸で見ることが基本であったが、現在 は並 列で見るという、価値観に公平性を持つ視点が存在すると思う。このような背景には 情報 のグローバル化があるのだが、私はこのことは人間には良くないように思う。どうも 自然 な流れで世界が動いていないように思うし、人間の脳の機能も、記憶容量 が許容範囲 を超 えたハードディスクのようになっている感じがする。
 
村上と奈良の作品からは、画風とか描写力という視点で見ることよりも、その作品 の世 界観を通して現代社会を生きる我々に、強く語りかけてくる造形言語としてのコミュ ニケ ーションのはたらきや、ユニークさが表現できている。別な言い方をすれば親近感を 感じ る。グローバルな時代の臭いがするこの二人の作品は、あと数年経過すると、日本の 美術 史の大きな節目として残るのではないだろうか。10年先にどう二人の作品が評価さ れる のか楽しみである。。





2001年 画人日記(第7回)   「 グローバル時代の二人の日本人アーティスト 」

  日本の美術界で注目を集めている二人のアーティストがいる。村上隆と奈良美智。 海外 での評価が先行し逆輸入的に日本でも人気が出ている二人。ここ数カ月は二人の大規 模な 展覧会が東京、横浜で行なわれているが、その模様を紹介した記事が最近の美術系雑 誌に 取上げられている。
  ある美術系雑誌の編者者が語っていたことだが、奈良美智の特集 号は かなりの部数をセールスするそうである。この二人を含めた日本の現代アートのアー ティ ストの展覧会が今年の始めにアメリカはロスアンジェルスであり、向こうの美術ファ ンに も好評を博し、日本の現代アートの評価を高めることにもなった。
  私自身はこの二人と年齢的にも近いので、同時代のものから影響を受けた部分もあ ると 思う。その中心には「アメリカ」の存在を抜きにして語ることはできないだろう。ア メリ カは二つの世界大戦を経て、マス・コミュニケーションとマネーを中心にしたアメリ カ文 化を生み出したのである。映画、テレビ、ファッションを中心に、メディア・パワー を増 殖させながら、世界にアメリカ文化の力を発信した。一方、日本では60年代のサブ カル チャーの動向を抜きにして現在の状況を語ることはできないが、その背後にはこのア メリ カ文化の強い影響を感じるのである。
  やがて、こうした激動期の時代を経て、21世紀へと時代は入るが、美術の大きな 流れ を見ると最終的には「アメリカ」の時代で完結すると思う。でも、私は1980年前 後を 美術の流れの大きな節目と捉えており、これ以後は多様化した価値観によって、アー ティ ストは作品を生み出していったのではないだろうか。その状況をさらに加速させたの が、 情報のグローバル化なのである。自転車から自動車に乗り換える。そんな感覚の変化 が今 起きている。





2001年 画人日記(第6回)

  私の個展が大阪のギャラリーで開催されます。ご都合よろしければぜひご来場下 さ い。 制作コンセプトは「人間と都市は一つの生命体」ということですが、私の作品を観 て いた だいている方にはお分かりだと思いますが、作品の中にビルディングが描かれてい ま す。
  先日も大阪のギャラリーの方からの話では、今回の個展のDMを見た方が、先日の テ ロ事 件で破壊された高層ビルを連想すると言っておられたようです。
  今回の個展はタイムリーというか、ショッキングな事件と重なり、作品に対する 感 想に どのような影響を与えるのか大変関心があります。展示作品数は、全部で10点ほ ど。 今 回は小さいサイズの作品から100号まで、様々なタイプのもを揃えます。年内は こ れが 最後の個展になります。





2001年 画人日記(第5回)

  ニューヨークとワシントンにあるアメリカの政治・経済の中枢を襲った連続テロ 事 件は 世界の関心を集めている。高層ビルに飛行機が突っ込むという、まるでハリウッド 映 画で も観ているような錯覚を感じた人もいるだろう。冷戦終結後、世界の強国はアメリ カ 一国 になった。グローバリズムの名のもとに、アメリカは世界のシステムを支配し、巨 大 なネ ットワークを形成しようとしている。しかし、その一見敵のいない大国にも死角が あっ た ことを今回の事件は証明している。
 この事件の背景には、民族と宗教、という大きな問題を抱えているのだ。我々日 本 人は 大陸に住まないから意識しないが、民族間の対立は根深く、お互いの価値観を維持 で きな いことへの不満や苛立ちを日本人が理解することは難しいだろう。
 イスラム圏では、イスラエルの存在が大きな対立の要因になっている。そのイス ラ エル を支援するのがアメリカである。イスラム圏で起っている出来事に、他の世界のも の が介 入し、そしてリーダーシップを発揮しようとする。この行動への共感は容易にはで き ない。
 このテロ事件は、アメリカの行動に対して強くNOと突き付けるためのテロ行為 な ので はないか。世界の陸、海にはアメリカの軍事力が存在し、それは世界の平和と同盟 国 の防 衛手段でもあるが、アメリカの力を誇示するためでもある。
 報復に動いた場合、国際テロ組織の壊滅というアメリカの戦略があることもニュ ー スで 伝えられているが、軍事力で解決するよりも、この際、イスラム圏からアメリカの 政 治・ 経済・軍事の制裁や脅威を排除することが先決のように思われる。そこから今後の 世 界の 秩序、平和を形成していくための対話が生まれてくるのではないか。
20世紀。アメリカを中心とする資本主義が世界に繁栄をもたらしたことは否定 で きな いが、この21世紀は、そうじゃないものでないと世界中の国と人々の平和と秩序 を 維持 してゆくことはできない。イランのハタミ大統領が国連で提唱した「文明の対話」 。 互い の価値観を認め、対話をすることから始めていくことが大切だと思う。 。





2001年 画人日記(第4回)

 夏ももうすぐ終わり。私は前半東京、後半は神戸を訪問。東京ではジャズ・ファン には有名な、吉祥寺のジャズ喫茶メグの店主、寺島靖国氏に取材をする。著書も多 数あり、 独特の寺島節で読者も多い。マイルスデイビスの音楽について語ってもらった。寺 島氏 は現在朝日新聞社のサイト「アサヒ・コム」で「サニー・サイド・ジャズ・カフェ 」とい うコラムを掲載中。高田馬場のジャズ喫茶「マイルストーン」で聞いた話しだが、 東京も ジャズ喫茶はここ10年でかなり減ったらしい。新宿ではいつも通 り、中村屋のイ ンドカ リーを食べ、帰りに1階で大福と栗まんじゅうを買って、夜宿泊先のホテルで食べ る。
  神戸では、ジャズ喫茶めぐりとステーキを食べに行くことが目的。さすが神戸、 5 千円前後でかなりいいステーキが食べられた。散策している途中「にしむら珈琲」 とい う喫茶店のチェーン店に入ったが、雰囲気も味もよく、また行くと思う。北野ハン ター坂 では「ギャラリー・島田」へ。オーナーの島田氏は神戸では有名な画商である。ジ ャズ喫 茶はJR神戸ガード下の「ジャバ」、南京町付近にある「MM」に入る。「MM」 にはマ イルスのサイン入りのジャケットがあり。中々のお宝物だ。帰りに大阪で、松田優 作映画 特集を鑑賞。案外映画館の中はガラガラ。「人間の証明」「蘇る金狼」を観たが、 40歳 での死を惜しいと思った。PM9時頃大阪駅からJRで京都へ帰る。。





2001年 画人日記(第3回)  「個展が終わって東京へ。」

  都市というテーマは同じですが、女性的 な雰囲気がして、背景の白いスペースが印象的とい う人もいた。作者としては、ネットワーク社会のバ ーチャル・リアリティ(仮想現実)をどう表現する かというコンセプトに従って制作したもので、今後 もこの展開は続けていくことになる。9月の大阪で の個展は、このシリーズの作品も新たに出品するので楽しみにしていてください。
  私は8月6日から東京へ行きます。仕事&プライベートです。おもしろい展覧会 や演劇 も見てこようと思います。前回のコラムでマイルスデイビスのことも書いたけど、 吉祥寺 にある有名なジャズ喫茶「メグ」にも寄ろうと思う。  最後に、今回の選挙で保守党の扇千景が落選しなかったのが残念だった。 それとプロ野球も、巨人の優勝が怪しくなってきたではないか。斉藤、工藤、槙原 の復帰はいつだ! 。





2001年 画人日記(第2回)   「 絵を描いていて思うこと 」

  最近、アトリエで100号の大作に向かっている。完成予定は8月下旬。絵を描 いていると完成までの紆余曲折にもいろいろあり、おもしろい。私の場合、描いて いる時間と見ている時間の配分は6 : 4ぐらいで見ている時間も長い。構図、色、 雰囲気などそれぞれの要素を確認し、その先の制作を考る。それまでの作品の連続 上に今描いている絵も存在するが、やはり自分の思想が根底を貫き、日々の生き方 が絵をつくるのだ。
内と外。言い換えるなら人間と社会の関係。影響し合うこの中に、思想の融合と 対立や動揺がある。創造力のバイブレーションを起こした芸術家は、数々の傑作を 生み出している。ジャズの帝王と言われたマイルス・デイビスは、死ぬまで自身の クリエイティブを追求した私の尊敬する人物だ。その人にしか表現できない、自分 だけのオリジナリティを持つこと。これが芸術としての存在価値であり、快楽であ り、魅力なのだと私は思う。





2001年  画人日記(第1回)   「 思い出すイヤな『ミケランジェロ展』

  京都の小倉正志です。絵を描いているものとして、コラムも芸術がテーマになります。
 第1回は展覧会について 思っていること。美術館の企画展には看板倒れということがあり、ポスターだけ見て「これは絶対行こう」と思わされ、戦略にはまり、実際は全然面 白くない。何年か前、京都の博物館であった「ミケランジェロ展」あれは最悪の展覧会だった。ミケランジェロの自信作はほとんどなく、模造の彫刻が陳列されていた。美術館は、ルネサンスの巨匠、印象派の作家の企画展などをやれば人が集まると、安全策を狙う。ブランドものに弱い日本人の傾向は、先日銀座にできたエルメスに限らず、美術でもそうだ。企画展はその美術館の存在価値を決めるものだし、コンセプトのおもしろさを軸にすることが大切。
21世紀の始まりは、見栄えだけの立派なものより、新しい作家の紹介、美術の動きの育成に力を入れてほしい。日本の美術界ももっと活性化してほしいものだが…。