neutron Gallery - 金 理有展 『R.I.P.』-

2008/9/15 Mon - 28 Sun gallery neutron
ニュートロンアーティスト登録作家 金 理有 KIM RIYOO

大阪より、陶の新鋭が熱い魂と確かな技術をもって初登場!
その圧倒的な印象のフォルムは古代からのものづくりに対する畏敬の 念と、未来へと繋がる確かな目線を持つ。実用性と装飾性といった陶の永遠のテーマを内包しつつも、より人間 の根源的な表現へと突き進む。鈍く虹色に輝く眼に見入られたとき、果たして対峙する私達の身体と 心に潜む虚無が映し出されるのか、はたまた内側の器を満たす程の充足した感覚を覚えるのか!?




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ニュートロン代表 石橋圭吾

 まずは誰でも、この展覧会の案内ハガキや資料に添付された写真を見て、ぎょっとすることだろう。鈍く光り輝く躯体に、そびえ立つ日輪のごとき後光の輪。そして何と言っても印象的なのは奥底に闇を潜ませて虹色に浮かび上がる、大きな一つ目であろう。南部鉄器のようにも見えるこの不思議な立体造形物は、土を焼いて作る「陶器」である。手仕事で掘られる文様、火の温度と釉薬によって生まれる鈍色は、紛れも無く熟練によって実現するからこそ、写真だけでなく実作品を見たときに、金理有の陶芸の神髄を知る事が出来るはずだ。

 実はこの展覧会のタイトルに「古代から未来へ・・・云々」と付けようかと話し合ったほど、そのシルエット、質感は縄文土器の時代から我々の現代、そしてテクノロジーと生命の行く末である未来を繋げるかのような、魅力的なものである。しかしそんなタイトルを今更付けなくても、金理有の制作は一貫して古代からの土着の文化、信仰、器(やきもの)の役割と芸術性を尊び、一方で現在進行形のカルチャーであるアンダーグラウンドミュージックシーンを始めとするカウンタカルチャー(サブカルチャーではなく、時代の潮流と並走しつつ最先端の表現を追い求めるもの)に身を置くことを意識し、両者に共通するプリミティブ(根源的)なエレメント(要素)を探ることを発端としているのは自身も表明するところである。カタカナが多く恐縮であるが、実は彼の敬愛するジャパニーズ・アブストラクト・ヒップホップから影響を受けている(笑)。「アブストラクト(abstract)」とは1990 年代に音楽をはじめファッションや建築、アートにまで広がった一つの潮流を表す言葉だが、もとは「代替的な」という意味をもつ。それが当時のメインカルチャーやムーブメントとと「取って代わる」ことを期待されたのか、あるいは自分たちがそう宣言したのかは分からないが・・・。しかしそれらは、70〜80 年代に大量消費されたデザインや虚飾の反映を嫌って登場し、機能美や土着性、歴史背景などを見直した面でも評価されるべきである。単なる懐古主義ではなく、「ルーツ(根源)」を探ろうとしたのである。金理有の陶芸はまさに、日本の「アブストラクト陶芸」と言えるかもしれない。

 彼はこう述べている。「縄文土器や青銅器などの祭祀に用いられる器具は、実用性を重視しない「魂に奉仕する道具」である。その造形や装飾は、摂理に対する畏怖や自己顕示の表現である。」

 彼の焼く造形物にはこれと決まった役割(実用性)は無いが、単にオブジェとしてだけの存在も良しとしない。現に一つ目・日輪の作品も、上の顔をぱかっと外せば下半分は血の色にも見える金属色をした器の形状になっており、土台もしっかりと支えている。なぜ目がぎろりと見開いているかと言えば、理由の一つは焼き物には必ず中の空気を出す穴を開けておく必要があることである。・・・「作品は、焼物の制約上、内側を空洞にする必要があるが、その外骨格(殻、皮膚)的構造により生まれる内側の空洞や暗闇はまさに目に見えない自我のメタファー(暗喩)だと確信し、制作している」・・・

 つまりこの焼きものは器としてだけでなく、その威圧的な外観と対照的なからっぽの中身を、現代に生きる私達自身の投影としても考えられる。表皮にあたる外側の文様についても、視覚的な飾りとしてのみならず、土着的・歴史的意味を持つ「装飾」や「紋」としての役割を見直したいとの気持ちが込められており、今後この部分における制作の発展も期待できる。

 ちなみにタイトルの「R.I.P.」とは英語で「rest in peace(安らかに眠れ)」の略であり、やはりHIP HOP の文脈で用いられる隠語であるのだが、この言葉からは、古代より人類が脈々と受け継いできたものづくりの痕跡に対する畏怖や、現在、そして未来へと魂の安寧を祈るような制作態度が読み取れる。やはり、彼は古代と未来を繋ぐ男なのか。