neutron Gallery - 山本昇平 展 - 
2004/9/27Mon - 10/3Sun 京都新京極 neutron 5F gallery

根源的な光、存在としての影。ストイックなまでに重厚で鮮烈な絵画を描き出す若 き画家。生と死、自己と他者の狭間で見えてくる何か。宗教画のような説得力を持つ 作品は今の時代に新鮮に映る。




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gallery neutron 代表 石橋圭吾

山本昇平の絵画を見ていると、何故だかとても懐かしくて新しい気持ちになる。 彼が人間・生物としての根源的な力、生命としての在り方、力の象徴としての光を ストイックに描き切ろうとしているのは自明のことではあるのだが、 見る側にとって大切なのは言葉無くしてそれら作者の意図がしっかりと伝わるかどうか、 である。その点、彼の描く重厚で素朴な絵からは、灼熱と眩い太陽の光とともに 言葉に言い表せない感情や時に冷酷で非情なまでの「パワー」を感じとることが出来る。 若者がいわゆる「自分探し」的な一人旅を通じて、 見知らぬ土地の住人や空気に触れあうことによって己の内面や存在の確証を得ようと 人生のある時期に(あるいは一生)模索することは制作にも結びつきやすいが、 山本の場合はもっと確信をもってしての制作だと見て取れる。 何を確信しているかと考えると、それは己の心と体で感じるもの、ではないのか。 彼の極めて削ぎ落とされた絵は(モチーフや色に関して)、必要を感じるものしか 描かない・描きたくないというポリシーを反映しており、ストイックであり、 だからこそ太古の昔から絵画が宗教と密接に関わってきたことをも連想させ、 今の娯楽・享楽的なアートや政治・経済と密接な芸術の世界において新鮮に映るのであろう。 あくまで己のための絵画だとするならば、やえもすれば自己完結的なものに陥りがちだが、 前述のとおり彼の作品には言葉を超えて訴えかけるだけの切実な「何か」が存在する。 それを説明するのは容易ではないが、おそらくこの絵をご覧になる皆さんが感じることは 少なからず同種の畏敬の念であり、寡黙で雄弁なものであろう。

私は真夏の太陽が好きだ。 なぜならその光は物事に逃げ場を無くす程の光線によって全てを照らし、 その熱は空気をも揺るがせ体力を奪おうとする。 そしてそのハイライトによって生まれる影は静かに身を潜め、じっと動かずに 灼熱の炎が過ぎ去るのを待っているかのような、それでいて「影」こそが真の存在のような、 強いコントラストを生み出す。 この光と影によって印象づけられる世界は言わば生と死が同居し、混在する世界である。 写真でも絵画でも映像でも、この陰影には抗い難い魅力が生まれる。 もちろん、山本の絵画にも然り、であるが彼の絵画の内面に存在する陰影にこそ、 私達はしっかりと目を凝らし、耳を傾けなければいけないだろう。