neutron Gallery - 武田コト 展 『ざわめきとざわめき』 - 
2004/10/26Tue - 31Sun 京都新京極 neutron B1 gallery


Artist , Works

【 作家、作品紹介 】

夜が嫌い。消えていく感じがするから。死んでいるってのに近い感じがする。 睡眠障害の俺は、昼夜問わずうまく眠れず嫌いな夜にも起きている。 景色の写真が夜間ばかりなのには理由がある。ひとつふたつ・・・。 俺は日光にあたれない。浴びると血液中の組織液とかやらが躰から吹き出て、すごく嫌になる。嫌すぎるし、寝込む。 1週間程度、寝込む。それは苦痛極まりなく、すなわち日光にあたれず、夜間撮影は俺にとって必然となった。 夜間撮影によって気付いたことが、もうひとつの理由となる。先にも書いたが消えていく感じ、死に近い感じ、 それは逆に生命というものがいつもより強烈に鮮明にこの上なく感じとれる瞬間だ、と気付いたこと。 俺は木々に限らず、家や道、影・・・ひっくるめて街は息づいていると考える。潜む夜に潜む俺、街。

夜間撮影。カメラを三脚に固定し、担ぎ歩く。ほぼ無音、静まりかえる夜に景色がざわめき訴えかけてくる。 自分の中にあるざわめき、人並みの身動きがとれない悲しみや苛立ち・・・ 言葉ではちょっと伝わりきらない(それを伝えたいから写真を撮っているんだけど)、要するに俺のざわめきが、 ある景色のざわめきと繋がるときがある。 シャッターを押す。パーシャッ! これを俺はざわめき交換と呼んでいる。 代弁者に成り得る写真になった時、ざわめき交換成立だ。

ポートレイト。というのかどうか知らないが、人間の写った写真に関しては、2000年を境に自分の中で、 撮り方、捉え方が大きく変わった。素直になれない。という素直さでいいんだと。 もともと、人間が写った写真は好きでなかった。 自分の主張より写っている人間のほうが大きく主張しているように思えて、 自分の世界には、写真には入れたくなかった。 でも今は自分がカメラを通してみる眼力は、そこに写っている人間に反射してフィルムに焼きつけられているように なった気がするので、OKになった。

部屋の写真。得体の知れない大きなざわめきに心が支配される時がある。 そんな時、撮らなくては、と強い衝動に駆られる。 被写体の容量の大小に関わらず、意思が有る無しに関わらず、そこには巨大な感情が浮遊している。

大きく分けて、展示する写真はこの3種から成る。 写真群がひとつの群れになって、みる人をそわそわさせるようなざわめきを持って迫ってくるような、 写真展にしたいと考えている。 この写真展がまた1歩、自分自身、みる人にとって、進み繋いでいけるよう願いを込めて。願いを込めて込めて。

武田コト / TAKEDA COTO